鬼の特徴は大別して「卓越した情景描写による、自身の生々しい経験のリリックへの投影」が可能であること、「独自の歌フロウが生み出す独特の昭和感」の2つに纏めることが出来る。元々はSac『Feel or Beef』収録「挨拶」のようなゴリゴリのセルフボースティングにも力を入れていた鬼だが、自身の半生を綴った初期のソロ作「小名浜」が熱烈な支持を得て以降、彼のラップは1stソロアルバム『獄窓』まで内面的な向きを強くし、前述の特徴のうち、前者を後者が補強する傾向が強まった。本作は鬼が後者の「昭和感」を全面に打ち出して創作すればどうなるかという、これまでの活動に対置出来る作品と言えるだろう。
そして、ネット上にフリーアルバムを垂れ流しては奔放に楽しむのが規範とすら思えるようなところがあるSWAGラップにあって、突如正規のアルバムを打ち込んできたのがこのMATCHだ。GAS FACE、RICK(CRIXX)、ICE DYNASTYのGEN-ONE、そしてAKLOと、フリー音源を荒らし回っている面々も多数参加した本作は、王道なSWAGラップスタイルを地で行く一方、正規アルバムだからこそのSWAGらしからぬ決意、熱意も同居する作品に仕上がっている。それは何よりも、自らのルーツ、沖縄を歌った直後に、決意表明、そしてSWAGラップへと流れていく「Intro(all about me)」に、その曲名通り集約されている。
SWAGサイドで言えば、前述のラップスピードを限りなくスロウにとって、その中である意味この手のフロウの本領を示して見せる「Chillin' Da Club」、バキバキに尖ったサウンドや金拝主義全開の開戦宣言が本作を象徴する「Greedy」などのソロ曲も光っている。もちろん客演との絡みも抜群で、各方面で話題となった「It's My Flow」はこのスタイルのフロウの応酬がスリリング。AKLOが流石に一歩抜け出したところもあり、彼のヴァースだけフリーキーすぎて空気が違う気もするけれど。
そして本作で最も光っていたのが「One Two」だろう。Nao The Laizaによる低音シンセがグイグイ切り込んでくるトラックは、この手のHIPHOPには珍しくラップを急かせる速さなのだけど、その上でナンパソングをハードコアに繋ぐラップが三者三様で痺れるほどカッコ良い。特に、RICK(CRIXX)のラップにこれまでの音源ではさしたる印象を抱くこともなかったのだが、この曲でトリを務める彼は、ハーコーさとチャラさのバランス加減が最も上手く様になっていて華があった。
一方で、アイデンティティーや、伝えたい主張ありきで音やラップが規定されてしまう「Run This Hood」、「Pain」などはパンチも弱く、その点で不満が残らないわけではない。リスナーの要求にだけ応えろなんて暴論を吐くつもりは毛頭ないが、そもそもSWAGラップを辿って本作を手に取ったリスナーにこの手のメッセージソングを求める層がどこまでいるのかも怪しい。
特に、遂に復調軌道に乗ったポチョムキンのラップがキレるGPとの「Buaaa!!!」、KEN-1-LAWも気合いの入ったラップを聴かせる「蟷螂女」、テクニカルに聴かせる快速ミドルの「もっとMOCCOS」なんかは彼の独壇場だ。1stアルバム『DAY BEFORE BLUE』をリリースしたCOMA-CHIが参加した「Friday Night」も、波に乗る両者の純粋なスキル合戦が楽しい。こんなラップテクの応酬も、テーマを狭く定めない、テンプレまんまなパーティーチューンだからこそ出来たことだろう。
ZEEBRA『THE RHYME ANIMAL』のアウトロ「平和'98」のトラックを流用して物語を始める「Twenty Four」で幕を開け、続く「Still Neva Enuff」では、アホみたいに前のめりなタイプライタービートの上でZEEBRA「Neva Enuff」を7年越しに受け継ぐ。あるいはRICHEEとBIG RONを迎えた「Our Life Story」も、前年に発売されたZEEBRA『World Of Music』の「This is 4 The Locos」に重ねることが出来るかもしれない。UZI『No.9』収録の佳曲「正眼」を引き継いだ「正眼 II」だって、相変わらず男臭くて原曲と並び立つ渋味を誇っている。音楽的な冒険はあまりなく、その点をやや面白みに欠けると捉える方もいようが、UBGの歴史に根差した自らの憧れと経験、音楽的なルーツをとことん大事に温めてソロ作に投影したという意味では、とても真摯なアルバムと言えるだろう。